Dr. Shintaro Mori’s official website

Shintaro Mori received his B.S., M.S., and Ph.D. degrees from Kagawa University in 2007, 2009, and 2014, respectively. Since April 2014, he has been with the Department of Electronics Engineering and Computer Science, Faculty of Engineering, Fukuoka University, Japan, where he is currently an assistant professor. His research interests include cross-layer design, information-centric wireless sensor networks, and their application for smart cities. He is an IARIA Fellow and a member of IEEE, ACM, IEICE, ISSJ, and RISP.


研究期間:㍻29年度
The Telecommunications Advancement Foundation (TAF) Grant Number 160729

データ指向型アーキテクチャに基づく無線センサネットワークプロトコルの開発

コンテンツ指向型アーキテクチャを無線センサネットワークに導入する場合において、無線通信・ネットワークの各レイヤにおけるプロトコル設計・開発、および計算機シミュレーションに基づく評価を行う。
キーワード:情報指向ネットワーク;無線センサネットワーク;モノのインターネット;機械通信

目 次

Ⅰ. はじめに

数年先の社会では5Gによる無線通信サービスが提供され、IoT/M2Mに基づく無線センサネットワークが社会に浸透していると考えられる。すでに現代社会においても、スマートホン等のモバイル端末でインターネットにアクセスするとき、Google、Facebook、Amazon等の成熟した共通のサービスに人々の興味は偏っており、「エンド・ツー・エンド」から「コンテンツ」にパラダイムシフトしている。従って、将来の無線ネットワークシステムは、既存のIPネットワークに基づいたネットワーク設計ではなく、次世代インターネットアーキテクチャとして研究されているコンテンツ指向型アーキテクチャに基づく設計を導入するべきであり、そうなることは必然であると考えられる。

現代社会において、インターネットに多様かつ多数のモノが接続されるモノのインターネット(IoT; Internet of things)は、「人と人」をつなぐという従来のコミュニケーションの概念を「モノ」(M2M; machine to machine)へと拡大させた大きなパラダイムシフトである。また、近い将来の無線通信システムにおいては多様なデバイスの普及に加えて、大量のセンサノードを用いた無線センサネットワークを用いたモニタリングを行うユースケース(例えば、インフラ点検、災害・防災モニタリング、農林水産資源の観測)は数多く登場し、効率的に膨大なデータを無線伝送する手法の確立は重要な課題になってくる。

技術面を見ると、既存の有線・無線の通信ネットワーク基盤を支えるIPネットワークは成熟しているが、将来の新しい情報社会を支える通信インフラを考えたときには十分に対処できるとは考えにくく、新たなアーキテクチャの導入の検討を真剣に考えるべきである。近年、有線ネットワークの研究領域において、インターネットなどで幅広く用いられているIPに基づくホスト指向型ネットワークに代わり、送受信データに着目して設計されたコンテンツ指向ネットワーク(ICN; Information-centric networking)に基づくネットワークシステムが検討されている。

本研究開発に着想したのは、生体通信にWSNを応用する場合において、ICNに基づく新たなプロトコル設計を開発したことにある。そこでは、設計・評価については新規性が高く有望な研究として評価された反面、有効性・信頼性の面では荒削りの部分も多い点が大きな課題であった。ICNをWSNに導入する場合、ネーミング手法、名前解決手法、ルーチング手法、キャッシング手法、モビリティおよびセキュリティの各事項を検討する必要がある。とくにこれらの要素技術の中でもキャッシング手法は重要な位置づけであると考え、理論的なプロトコル設計をだけではなく、計算機シミュレーションに基づく基礎的な評価を行い、新しいWSNの基盤インフラの構築に必要な基礎的な知見を得られる必要があることに気がついた。

Ⅱ. 関連研究

現代のインターネットの利用形態として“どの端末からデータを取得するか?”ではなく“何のコンテンツを得るか?”にパラダイムシフトしているため、将来のインターネットのアーキテクチャにおいてはコンテンツ指向型アーキテクチャの登場は必然である。さらに、スマートホン、タブレットPCの普及に伴いモバイルインターネットアクセスが当たり前になっている状況では、インターネット技術に関する課題は、有線通信だけにとどまらず無線通信の問題として取り扱われるべきである。具体的には、5GおよびAfter/Post/Beyond 5Gの研究においては、IoT/M2Mに基づくセンサネットワークに対しても導入されることが期待されている。また、モバイルネットワークにおいて、ユーザが所望する人気の高いコンテンツをCDN(content delivery network)技術を用いて基地局にコンテンツのコピーをおいて、コアネットワークはコンテンツ指向型ネットワークに基づく設計を試みている。

本研究で着目した重要な要素技術であるキャッシング手法については次の通りである。代表的なコンテンツ指向型ネットワークにおいて、DONA(data oriented network architecture)およびCCN(content centric networking)やNDN(named data networking)は、オンパスキャッシングのみ対応している。一方、オフパスキャッシングをサポートするために新たなメッセージプロトコルを導入して、そのメッセージプロトコルの導入に必要なオーバヘッドを削減するために、ハッシュ技術を用いて実現している。いずれの手法においても、IoT/M2Mを対象としたコンテンツ指向型アーキテクチャの要素技術の研究開発は着手されはじめた状況である。また、キャッシング手法に関しても有線通信を対象としているか、有線通信にて開発された技術を無線通信に導入している状況である。

Ⅲ. 研究開発項目

Ⅲ.A. ICNに基づくWSNの効率的なキャッシング手法の開発

本研究はコンテンツ指向型アーキテクチャを有線通信システムではなく無線センサネットワークシステムに導入する。コンテンツ指向型アーキテクチャにおけるキャッシング手法は、コンテンツを要求するノードに対して、そのコンテンツを持っているノード間にリンクを構築する。このとき、そのリンク上を中継するノードがコンテンツを保有するオンパスキャッシングと、それ以外のノードが自発的にコンテンツを蓄えるオフパスキャッシングがある。一般に、無線通信では電波を用いて通信を行うために、送受信を行うノードの近隣ノードがその通信をオーバーヒアリングによって得られる固有の特徴を持っている。本研究ではオーバーヒアリングの特徴を有効に利用して、無線センサネットワークの各ノードがオフパスキャッシングを行う手法を開発する。本質的にコンテンツ指向型アーキテクチャは有線通信システムにおいて開発されており、オフパスキャッシング手法は導入されていないか、または専用の回線を用いることにより実現している。また、提案手法は新たに複雑な機構を導入することなく、オーバヘッドなくオフパスキャッシングを実現できる点に特徴がある。

Ⅲ.B. クロスレイヤ設計に基づく最適設計の開発と計算機シミュレーション評価

効率的にキャッシングデータをセンサノードに取り込むために、その無線通信信号処理に関してSIC(successive interference cancellation)技術を用いて開発する。SIC技術は無線通信の分野においては、4Gセルラネットワークの無線信号処理手法の要素技術として開発されている(高速モバイル通信の新しいシステム向けにはICチップとして実装・実用化されている)。基本コンセプトは、受信信号を復元する場合に、その中で最も信号強度が強い信号から順番に復号する。もし復号に成功するとき、その復号データを再び符号化したのちに受信信号から引き算する。その処理をくりかえして行うことにより、復元対象信号の最大の干渉源を順番に取り除けるために復号成功確率を高めることができる。一方、SIC技術の考え方はネットワーク分野においては考慮されておらず、その点を本研究がSICを導入する際の新規性として主張している。

Ⅲ.C. ブロックチェーンを用いた安全なキャッシング手法の開発と基礎評価

本研究の評価方法としては、無線センサネットワークに導入した場合を想定した確率統計的なモデルによる理論的な解析、プロトコル設計の実現可能性について、線通信・ネットワークの両分野の研究者との議論を行ってゆく必要がある。また、コンテンツ指向型アーキテクチャは新規性が高く、既存のハードウェアを組み合わせて評価環境を構築することは困難である。そのため、本研究の核心部分であるキャッシング手法の評価については、理論的な机上の数値計算に加えて、計算機シミュレーション(C++言語を用いてパソコン上で評価プログラムを開発)を用いて評価を行う。また、本研究開発の進捗課程において、テストベッドに基づく評価に先立ち、センシングデータを安全に無線センサネットワーク内で共有するためのメカニズムを考える必要性がある点に気付いている。そこで、安全にセンシングデータを共有するメカニズムとして、ビットコインの核となる要素技術であるブロックチェーンを開発システムに導入して改良を施す。とくに、従前のIPネットワーク等のホスト指向型ネットワークとは異なる解決アプローチにて分散情報共有手法を実現する必要があり、ブロックチェーンは、ICNに基づくWSNに対して親和性が高いと考えている。

Ⅳ. ICNに基づくWSNにおける効率的なキャッシング手法の開発

ネットワークモデル
図 1 ネットワークモデル

オーバヒアリング現象に基づく提案キャッシング手法の概観
図 2 オーバヒアリング現象に基づく提案キャッシング手法の概観

信号の受信モデル
図 3 信号の受信モデル

SICに基づく復号器の信号処理手順
図 4 SICに基づく復号器の信号処理手順
Ⅳ.A. 関連研究

有線ネットワークの研究分野において、ICNは次世代インターネットアーキテクチャとして検討されているが、無線ネットワークにおいても導入されつつある。例えば、セルラネットワークにおいて、基地局のゲートウェイやルータに高頻度にアクセスされるデータのキャッシュを保存する手法が提案されている。すなわち、同一データを一括配信することができるためにコアネットワークのトラヒックの削減を実現することができる。このとき、ICNはCDNと類似しているが、CDNはネットワークのサーバ内にコンテンツをキャッシュするのに対して、ICNは末端ノードのキャッシュに幅広くコンテンツを蓄積してゆく点が異なる。

他方、別研究において数多くのICNに関する研究の分析により、キャッシング手法をオンパスキャッシングとオフパスキャッシングの2種類に分類している。すなわち、オンパスキャッシングはコンテンツが転送される際の中継ノードにキャッシュするのに対し、オフパスキャッシングは経路外のノード同士においても積極的にコンテンツをコピーしてゆくことである。そして、典型的なICNフレームワークにおいてキャッシング手法を概観すると、DONAとNDNにおいては、オンパスキャッシングが標準で具備されている。両者を拡張するために、4種類のオフパスキャッシング手法を導入している。また、ユーザの協調キャッシング手法、キャッシュするデータの選択手法、サービス品質(QoS; quality of service)を保証した映像ストリーミング配信のための動的キャッシング手法が提案されている。

Ⅳ.B. ネットワークモデル

ICNに基づくWSNでは、コンテンツデータはSNに蓄積される。また、CDNと同様の方針に基づき、ICNにおいては、オリジナルデータとコピーデータを区別しない。従って、図1に示すように、提案手法では、それらのセンシングデータはコンテンツデータとしてSNに具備されたキャッシュメモリに保存してゆく。任意のセンシングデータの取得手順に関して、一般的なWSNでは、SNはインターネットを介してクラウドサーバに接続され、かつセンシングデータはクラウドサーバに一元的に管理されているため、センシングデータの取得を希望するユーザはクラウドサーバにアクセスすればよい。一方、提案手法では、WSN内に蓄積されているコンテンツデータの中から、当該センシングデータを探索する必要があるため、ユーザはWSNに属するゲートウェイノードにアクセスする。そして、そのゲートウェイノードはSubscriberとしてセンシングデータ取得リクエストをWSN内にブロードキャストして、ユーザに代わって探索を行うための手続きを開始する。また、ユーザが所望するセンシングデータを保有するセンサノードはPublisherとして、先のリクエストに対するレスポンスとして当該センシングデータを伝送することで、センシングデータ取得に関するタスクが完了する。

PublisherからSubscriberに向けてセンシングデータをルーチングするしくみとしては、提案手法ではルーチングテーブルを各センサノードに具備しており、リクエストパケットの追跡情報をフラッディングされる際に順次記録していくことにより実現可能である。また、リクエストパケットのヘッダにおいて追跡情報を挿入することにより、各リクエストを区別でき、かつ各SNに対してユニークなアドレスを付与することにより、次に送信するべき(受信されるべき)相手方を識別することが可能になると想定している。

Ⅳ.C. 提案手法のキーコンセプト

図2に示すように、キャッシング手法として、提案手法はオンパスキャッシングおよびオフパスキャッシングを用いる。オンパスキャッシングに関しては、提案手法は他研究・従来手法と同様に、レスポンス処理においてPublisherからSubscriberに対してセンシングデータが伝送される際に、リレーノードと呼ぶルーチング経路上のSNが具備するキャッシュメモリにリレーノード自身が転送するセンシングデータを蓄積する。一方、オフパスキャッシングに関しては、オーバヒアリング現象に基づき、リレーノードの通信可能カバレッジエリアに在圏するSNが転送されるセンシングデータを聴守し、そのオーバヒアリングされたセンシングデータを蓄積する。

提案手法は、オーバヒアリング現象を用いることにより、リレーノードとオーバヒアリングする隣接センサノード間において、余計な無線通信を相互に行う必要はない。一方、オーバヒアリング現象に基づき聴守を行う際には、無線受信信号処理に対する消費電力の増大、およびキャッシュメモリ容量の積み増しが必要である。これらの点に関して、たとえSNに具備されたマイクロコントローラ等の演算処理にかかる消費電力が増大したとしても、無線通信に必要な消費電力と比べて小さいため、提案手法を導入することによる無線通信回数の削減に従うSNの総消費電力を改善することが可能である。また、キャッシュメモリの追増コストに関しても、提案手法を導入することによる無線通信回数の削減に基づく電波の周波数資源の節約は、その対価を支払ったとしても十分な意義があると考える。ただし、SNに具備されるキャッシュメモリの容量は有限であるため、提案手法を導入する環境に応じて、キャッシュメモリに蓄積されたセンシングデータの破棄ルールを定める必要がある。この点に関しては本稿の検討対象外であるため、詳細なルールの決定方法については今後の課題である。

Ⅳ.D. SICに基づくキャッシング手法

先述した通り、SNは隣接SNの信号をオーバヒアリング現象に基づき受信することができ、先述した手法に基づき肯定的に利用することができる反面、データ受信確率を低減させる干渉の原因となる諸刃の剣になりうる。そこで、その受信された情報に基づきオフパスキャッシングにおける他のSNから受ける干渉の低減をSIC技術の導入により実現する。図3に示すように、i 番目のSNからj 番目のSNに伝送される信号強度をPi,jj 番目のノードがオーバヒアリング現象に基づき受信可能なSNの集合をj と定義する。Pi,j を所望信号とするとき、一般に受信側で所望信号が復号可能な条件は次式で表される。

: Pi,j kj ni Pk,j+ σ2 Λ

ただし、Λ を受信可能な信号強度のスレショルド値、σ2 を周辺環境雑音と定義する。

また、図3において、yj 番目のSNにおける受信信号と定義するとき、次式で表すことができる。

y = m= 1 j Pm,j

本研究おいて開発した復号器の信号処理手順を図4に示す。初回の復号処理では、受信信号の中で最も強力な受信強度の信号を復号する。正しく復号することができるとき、再度、復元した信号を符号化して、受信信号に対して引き算に相当する信号処理を施す。同様の手続きに従い2番目に強力な信号に対して準用し、復号可能な信号がなくなるまで繰り返し処理する。

Ⅴ. クロスレイヤ設計に基づく信号処理の最適化

開発システムのプロトコルスタック
図 5 開発システムのプロトコルスタック

開発センサノードの信号処理手順
図 6 開発センサノードの信号処理手順

開発システムのプロトコルスタック
図 7 送受信RFモジュールの信号処理手順

キャッシング成功ノードの割合対センサノード数
図 8 キャッシング成功ノードの割合対センサノード数

平均マルチホップ数対センサノード数
図 9 平均マルチホップ数対センサノード数

平均伝送距離対センサノード数
図 10 平均伝送距離対センサノード数
Ⅴ.A. 開発システムのプロトコルスタック構成

ICNに基づくWSNシステムに対し、先述したオーバヒアリング現象およびSIC技術に基づくキャッシング手法を導入する場合、そのプロトコル設計は柔軟かつ統合的に取り扱うべきである。プロトコルスタックの最適化については、クロスレイヤ設計に基づく設計手法が挙げられる。クロスレイヤ設計は、従前のレイヤ設計(OSI基本参照モデル等)に対し、レイヤ間で情報共有を図ることにより柔軟なレイヤ設計を実現する手法である。とくに、隣接レイヤ間の結合に基づく設計コンセプトを用いて、図5に示すようなプロトコルスタックを設計する。具体的には、従前構成における、TCP/UDP、IP、MACレイヤをICNレイヤとして再定義を行う。そして、ICNレイヤをC-planeとU-planeと呼ぶ制御機能とデータ伝送機能の2種類に分類して各機能を実現させる。

Ⅴ.B. クロスレイヤ設計に基づく信号処理手順

提案するICNに基づくWSNに対して、クロスレイヤ設計を用いたSNの信号処理手順を図6に示す。観測エリアから取得したセンシングデータは自身のキャッシュメモリに蓄積してゆく。キャッシュメモリには自身のセンシングデータに加えて、オーバヒアリングした他SNのセンシングデータも可能な限り保存してゆく。また、センシングデータの送受信については、TX/RX RF(radio frequency)モジュールを用いて行う。一方、マイクロコントローラはセンシングデータとルーチングテーブルの管理だけでなく、キャッシュメモリとRFモジュールの制御も行う。このとき、その制御に必要な信号伝送は、上位レイヤから下位レイヤに対するサイド情報に基づくクロスレイヤ設計に従って設計している。

図6のRFモジュールおよび無線通信路のエミュレータにおける詳細な信号処理手順を図7に示す。図7(a)に示すように、送信パケットに対して誤り検出のための巡回冗長検査(CRC; cyclic redundancy check)符号化を施し、ビットごとに二位相偏移変調(BPSK; binary phase shift keying)方式に基づく変調処理を行う。一方、図7(c)に示すように、受信側において軟判定復号を行いそのレプリカを用いてSIC技術を適用する。図7(c)における復号器と符号器は図4に示すブロックと同じもので、先述の手順に従ってパケットの復元を行い信号の減算処理等を行う。

Ⅴ.C. シミュレーションモデル(無線伝搬モデル)

図7(b)に示すように、パケット誤り率は受信信号強度インジケータ(RSSI; received signal strength indication)に基づき計算する。一般的に、リンクバジェットは、次式より表現することができる。ただし、PTX および PRX は送受信器の電力、GTX および GRX は送受信器に具備されているアンテナ利得、LTX および LRX は送受信器を構成する電子回路等における減衰と定義する。いずれのパラメタについても、用いるRFモジュールに依存して決定される。

PRX= PTX LTX+ GTX Lp+ GRX LRX(in dB)

また、上式において、Lp は無線通信路の伝搬減衰である。他方、計算機シミュレーションに必要なパケット誤り率は信号対雑音比(SNR; signal-to-noise ratio)とビット誤り率に基づき算出する。具体的には、受信側SNの信号電力とSNR γ は次式の関係がある。

γ= PRX KB τo

ただし、KB(= 4.0× 10-21 W/Hz)はボルツマン定数、τo はハードウェア装置のシステム温度である。レイリーフェージング環境におけるBPSK方式のビット誤り率 pb は理論的に計算できる。

Ⅴ.D. 計算機シミュレーション

図6および図7におけるRFモジュール、無線伝搬モデル、キャッシュメモリに対して、C++言語を用いて計算機シミュレータを実装した。シミュレーションシナリオとして、センサノードは観測フィールドに対してランダムに配備(センサノードの位置は一様分布に従う乱数に基づき決定)した。そのうえで、PublisherとSubscriberの組み合わせをランダムに決定し、両ノード間のルーチングは転送距離が最小になるパスを選択した。開発したシミュレータにおいては、ルーチング経路の最小パスを決定するために、Dijkstraアルゴリズムに基づき算出した。また、RFデバイスの固定パラメタ設定については、WSNの無線伝送に幅広く用いられているXBeeモジュールに基づき決定した。

図8にWSNを構成する全SNに対するキャッシングに成功したSNの割合 ρ の結果を示す。SN数が増大するにつれてオーバヒアリング現象の効果により ρ が増大するが、SN数が180をピークとして ρ は減少した。また、提案キャッシングメカニズムを用いない手法と比較して、SN数が100、180、600、1,000台のとき、各々、1.42倍、2.61倍、8.85倍、17.0倍の改善が得られた。

図9にPublisherからSubscriberに対して正しく要求パケットが伝送された場合において、その平均マルチホップ数の結果を示す。SN数が多くなるにつれて、パケットを中継するリレーノードになり得るSNも増大するため、平均マルチホップ数は増大する。また、ICNに基づくWSNにおいて開発手法は比較手法と比べてキャッシングされたデータも多くなるため(図8)、要求パケットにヒットする確率も高くなるので、平均マルチホップ数は改善した。具体的には、SN数が50、100、150、200の場合、各々、3.35%、8.51%、10.8%、10.9%の改善が得られた。

図10にPublisherとSubscriber間の伝送リンクの平均転送距離対SN数の結果を示す。SN数が100未満の領域においては、十分なキャッシュがなされないため、提案メカニズムを導入する効果がみられなかったが、それ以外の領域においては特性改善がみられた。具体的には、SN数が50、100、150、200の場合、各々、6.46%、10.5%、12.3%、12.2%の改善が得られた。

Ⅵ. ブロックチェーンを用いたセキュアキャッシング手法の開発

セキュアICN-WSNの概観
図 11 セキュアICN-WSNの概観

センシングデータの収集手順
図 12 センシングデータの収集手順

開発システムのブロックチェーン
図 13 開発システムのブロックチェーン

マイニング時間と <math><mi>κ</mi></math> の関係
図 14 マイニング時間と κ の関係

集約センシングデータ生成数・コリジョン発生確率対センサノード数
図 15 集約センシングデータ生成数・コリジョン発生確率対センサノード数

集約センシングデータ生成数・コリジョン発生確率対センサノード数
図 16 集約センシングデータ生成数・コリジョン発生確率対センサノード数
Ⅵ.A. 関連研究

ICNにおけるキャッシングに対する安全にデータを取り扱う手法として、NDNにおけるセキュリティアタック保護フレームワークが考案され、その最適化が図られている。また、NDNにおけるキャッシュ汚染を目的とした攻撃を防ぐ手法が考案され、NDNに対する攻撃シナリオの分析とモデルが構築されている。また、ホームネットワークシステムにおける個人情報に対して安全に取り扱うための手法が考案されている。また、IoT分野におけるブロックチェーンを考慮した研究動向が概観されている。

Ⅵ.B. 提案セキュアキャッシングシステムの概観

ブロックチェーン技術を導入する場合、認証のためのマイニング処理に対して多くの計算量が必要である。そのためWSNを構成するSNのようにハードウェア資源が乏しいデバイスに対しては、ブロックチェーンをそのまま適用させることは不可能である。そこで、図11に示すように、ICN-planeとWSN-planeと呼ぶ2階層モデルに基づき、SN、CH(cluster head)、Coordinatorをハードウェア制限に基づき分類した。

本研究で想定するネットワーク構成について、データの流れとして、SNはいくつかのクラスタにグループ分けを行い、各々のクラスタに対してCHを設定する。CHは自身が支配するクラスタに属するSNから集めたセンシングデータをひとまとめにして、coordinatorを介してクラウドに集約させる。他方、ICN-planeを構成するCHとcoordinatorは、ICNに基づく情報提供も行う。ここで、SNはハードウェア資源が十分にある場合を想定していたが、実際にはそのような環境は稀である。

Ⅵ.C. セキュアなセンシングデータの収集手法

センシングデータ収集に先立ち、公開鍵暗号アルゴリズムに基づきCHは公開鍵と秘密鍵を生成する。M 台のCHの集合、および i 番目のクラスタに属するSNの集合を定義する。このとき、i 番目のクラスタに割り当てられたCHは、i 番目のクラスタに属する j 番目のSNに対し、1組の公開鍵・秘密鍵を生成する。ここで生成した秘密鍵はCHとSNで共有され、公開鍵はCHに保存される。同様の手続きにて、CHとcoordinatorの間においても公開鍵・秘密鍵の組をやりとりする。すなわち、coordinatorは公開鍵・秘密鍵を生成する。図12のステージ①において、SNはセンシングデータを生成して電子署名を付与する。

電子署名が付与されたセンシングデータは、自身が属するクラスタに割り当てられたCHに無線伝送する。一方、 SNから集めたSNに対して公開鍵を用いて認証を行う。すなわち、CHは受信したセンシングデータに対して、生成したSNが正しいかという点、および伝送途中に改ざんされていない点を知ることができる。

復元されたセンシングデータはCHのバッファメモリに蓄積され、センシングデータを集約センシングデータ(summarized sensing data)としてひとまとめにする。集約センシングデータは、ブロックチェーンが取り扱うデータ部分に相当する。そのために、集約センシングデータは図12のステージ②においてICN-planeを構成するノードに対してブロードキャストする。集約センシングデータに対しても電子署名を付与することにより、配布されるデータの正当性の確認手段を担保している。

Ⅵ.D. ブロックチェーンに基づくキャッシングデータの管理手法

図13に開発システムのブロックチェーンにおいて、各々のブロックは、前ブロックのハッシュ値、集約センシングデータ、ナンス、現ブロックのハッシュ値から構成される。集約センシングデータをブロックチェーンに加えるためには、ハッシュ値の計算に基づくマイニングを行う。そのために、図12のステージ③において、coordinatorはCHに対してマイニング処理の依頼を出す。

Ⅵ.E. ハッシュ関数のパラメタの数値例

ハッシュ値の計算の困難性パラメータ κ の設定値を概算するために、Raspberry Pi 3(Raspbian kernel ver. 4.9)を用いて実測した。ハッシュ関数はMD5(message digest algorithm 5)とSHA-1(first-generation secured hash algorithm)を対象として、C++言語を用いてシミュレータを実装した。ハッシュ関数の実装は、CLX C++ library、処理時間の計測にはC++標準ライブラリ(std::chorono)を利用し、g++ compiler ver. 6.3.0を用いてコンパイルした。図14にパラメータ κ に対し100回の試行に対する平均処理時間を示す。実験結果より、ブロック長を100 kbyte、500 kbyte、1 Mbyteに設定するとき、マイニング時間を1分または10分を想定するとき、図14に従い κ を決定すれば良いことが分かった。

Ⅵ.F. 開発システムの動作条件

集約センシングデータが示すポアソン分布に従い生成されるとき、その平均値 λ は次式に基づき計算できる。ただし、M をクラスタ数、K を集約されたセンシングデータ数、N を1クラスタあたりの平均SN数、v を単位時間あたりに生成されるSN 1台あたりのセンシングデータ数と定義する。

λ= vNM K

集約センシングデータがマイニングによってポアソン分布に従い認証されるとき、その平均値 μ は次式に基づき計算できる。ブロックチェーンの仕組み上、あるブロックが認証されたとしても、そのあといくつかのブロックがつながれなければ信用されない。その後続して接続されるブロック数を ε、1回あたりの認証時間を Tmining と定義する。例えば、ビットコインにおいては、ε は6、Tmining は10分程度に設定されている。

μ= 1 ε Tmining

このとき、次式の条件を満たすとき、提案システムは動作する。

ρ= λ μ 1
Ⅵ.G. 計算機シミュレーション

先述した確率統計モデルに対して、LPWAN(low-power wide area network)に基づくWSNに提案手法を導入した場合において、センシングデータの取得に係る応答時間に対して、計算機シミュレーションを用いて評価した。無線通信路のエミュレーションについては、先述したモデルを用いて計算している。

図15に、センサノード数に対して、単位時間あたりに生成される集約センシングデータ数 λ の計算結果を示す。センサノード数が75、000未満の場合、vMK は定数であるため λ は単調に増大したが、75、000以上の場合MACプロトコルがpure ALOHA方式を採用したことによりコリジョンのために特性が劣化した。すなわち、SN数が88.4のとき、λ は最大値をとった。

等号成立条件に基づき、λ が88.4の場合、所望 μ は88.4になる。そのため、認証時間の上限は1ブロックあたり40.7秒になる。従って、図14に基づき、MD5アルゴリズムおよびSHA-1アルゴリズムを使用した場合における κ は、各々、14および15に決定することができる。

開発システムの有効性を評価するために、センシングデータを要求してから提供されるまでの応答時間をベンチマークとして算出した。図16にキャッシュメモリに所望センシングデータが保存されていているセンサノード数に対する全体のセンサノード数の割合、すなわちキャッシュヒット確率 η に対する応答時間の結果を示す。応答時間は10、000試行の平均値である。開発システムが最良の条件下で働くとき(すなわち、η が1のとき)、すべてのセンサノードがすべてのキャッシングデータを保有するため、SubscriberとPublisherは一致するため、応答時間は0秒になった。一方、開発システムが最悪の条件下で働くとき(すなわち、η が0のとき)、平均応答時間は176秒になった。このとき、開発システムが最も悪条件下になるというのは提案キャッシング手法の効果がなく用いない条件と同値である点を補足する。従って、η が 0.2、0.5、0.7のとき、先の条件の場合と比較して、36.1%、75.1%、95.9%の改善を得た。

Ⅶ. おわりに

本研究開発では、ICNに基づくWSNに導入することを目的として、効果的なキャッシング手法の提案および評価を行った。具体的には、オーバヒアリング現象に基づくオフパスキャッシングに対し、SIC技術を併用する手法を開発した。その信号処理手順に関して、クロスレイヤ設計に基づく最適化を試みた。また、計算機シミュレーション評価の結果、開発システムの有効性を示した。

一方、開発システムハードウェア装置に基づく実機を用いた現実的な環境での評価に先立ち、キャッシングデータをセキュアに取り扱う手法の提案および評価を行った。具体的には、ブロックチェーンに基づく分散データベースに基づきキャッシングデータの管理手法を開発した。また、テストベッドを試作してパラメタ設定の数値例、および計算機シミュレーションに基づく開発システムの有効性を示した。本研究開発の目的は達成されたが、開発システムの実践的なテストベット開発と評価が重要な今後の課題であると考える。

本研究においては、コンテンツ指向型アーキテクチャの研究テーマの要素技術を開発することに主目的を置いている。一方、本研究の発展としては、モビリティおよびセキュリティを考慮する必要がある。とくに、無線通信を用いているため、端末ノードは移動することが前提であり、電波は空間を自由に伝搬するためセキュリティの確保は必須の課題であると考える。

謝 辞

A part of this work is supported by the TAF (Telecommunications Advancement Foundation).

研究成果

  1. Shintaro Mori, “A study on off-path caching scheme by using successive interference cancellation for information-centric network-based wireless sensor network,” Proc. IARIA the 16th International Conference on Networks (ICN 2017), pp. 42–45, Venice, Italy, Apr. 2017. (ThinkMind, Digital library)
  2. 森慎太郎, “コンテンツ指向型無線センサネットワークにおけるオーバヒアリング現象に基づくオフパスキャッシング手法,”電子情報通信学会 ソサイエティ大会 2017, 東京, Sept. 2017.
  3. 森慎太郎, “コンテンツ指向型無線センサネットワークにおける効率的なキャッシング手法に関する一検討,” 電子情報通信学会 知的環境とセンサネットワーク(ASN)研究会 技術報告, vol. 117, no. 134, pp. 49–52, 札幌, July 2017.
  4. Shintaro Mori, “Cross-layer design for caching scheme by using successive interference cancellation in information-centric network-based wireless sensor network,” International Journal on Advances in Networks and Services, vol. 10, no. 3&4, pp. 142–151, Dec. 2017. (ThinkMind, Digital library)
  5. Shintaro Mori, “Fundamental analysis for blockchain-based secured caching scheme for information-centric network-based wireless sensor network,” Proc. 2018 RISP International Workshop on Nonlinear Circuits, Communications, and Signal Processing (NCSP 2018), pp. 517–520, Honolulu, USA, Mar. 2018.
  6. Shintaro Mori, “Secured caching scheme by using blockchain for information-centric network-based wireless sensor network,” Journal on Signal Processing, vol. 22, no. 3, pp. 97–108, May 2018, doi: 10.2299/jsp.22.97. (J-Stage, Digital library)