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科研費 若手研究#19K20261

コンテンツ指向型センサネットワークにおける セキュアキャッシング手法の研究開発

基本情報

  • 研究種目: 若手研究
  • 審査区分: 小区分(60060; 情報ネットワーク関連)
  • 研究代表者: 森慎太郎(福岡大学工学部・助教)
  • 研究期間: 2019年(令和元年)4月1日—2024年(令和6年)3月31日

研究背景

 今日、無線センサネットワーク(WSN; Wireless Sensor Network)は我々の身近な領域に幅広く普及し、そのセンシングデータの取り扱いに関して、莫大な量であるがゆえに効率化が求められているとともに、デリケートな個人情報をセキュアに取り扱う必要性にも迫られている。このような状況において、既存のIPネットワークに基づくホスト指向型ネットワークに代わり、コンテンツ指向型アーキテクチャ(ICN; Information Centric Network)に基づくネットワーク設計の導入するべきであり、そうなることは必然であると考えられる。そのような将来の世界を思い描いたとき、単にICNをWSNに導入するだけでは不十分であり、WSNに適合する新たなフレームワークを開発する必要がある。

研究目的

 先述した状況を鑑みて、本研究開発ではICNをWSN導入するために必要不可欠なキャッシングをセキュアに行うフレームワークを実現することを最大の目的としている。提案手法の新規性は、キャッシングデータの管理方法としてブロックチェーンに基づく分散台帳を導入することにより、従来のキャッシング手法では実現できなかった第三者によるキャッシュデータを書き換える(汚染させる)攻撃に対処できるようにする点である。

令和元年度 研究成果

 テストベッド開発と評価に関して、本研究開発ではWSNにブロックチェーンを導入しICNメカニズムを働かせることである。そこで、マイニングに基づくブロック認証を行う試作プログラムをC++言語を用いて実装した。また、試作プログラムをRaspberry Pi 3に移植してテストベッドを実装した。その結果、これまでの研究で示した青写真的構想と基礎的な評価結果に基づき、テストベッドの実装と評価の結果、提案システムの実現性について示すことができた。

 上記のテストベッド実装および評価の結果、下記4点の課題が明らかになった。

(1) レイヤ2プロトコルの検討の必要性:レイヤ2の無線通信プロトコルとして、従前無線センサネットワーク(IEEE 802.15.4)やLow-Power Wide-Area (LPWA)ネットワークに対して、テストベッドのICNレイヤ(レイヤ3・レイヤ4に相当)をスタックできるようにする必要がある。

(2) ブロック認証処理の軽量化・最適化:マイニングに基づくブロック認証は、WSNを構成する資源(演算能力・バッテリ容量・メモリ容量)に制約のあるWSN上に実装することは妥当ではない。そのため、WSNにうまく適合する新たなブロック認証手法の開発が必要である。

(3) マイニング貢献ノードに対するインセンティブ:合意形成に貢献したノードに対するインセンティブとしては、資源に制約のあるWSN固有の特徴を加味した手法を検討する必要がある。

(4) データ配布方法:本研究開発ではデータの収集に焦点を当てた検討をすすめているが、集めたデータを効率的に配布する手法の検討が必要である。

 ここまでの研究において洗い出された実装に係る課題において、とくに2)についてはマイニングに基づくブロック認証はWSNを構成するデバイスの資源(演算能力・バッテリ容量・メモリ容量)に制約のある環境上に実装することは妥当ではない。そのため、WSNに適合する新たなブロック認証手法の開発が必要であり、それは研究システムの核心部分である。

令和2年度 研究成果

 ICNをWSNに導入する際に必要不可欠なキャッシング手法に対し、本研究開発ではブロックチェーンに基づく新たなセキュアなフレームワークを開発することを目的とし、令和2年度はキャッシングデータの取り扱い方および合意形成に貢献したノードに対するインセンティブ手法に焦点を当てた。令和元年度において明らかになったWSNに適合する新たなブロック認証手法の青写真と基礎評価を受けて、令和2年度の成果は詳細なプロトコル設計と実現性について検証した。これはテストベッドによる実機評価を成功させるために必要不可欠なプロセスである。提案手法は従来のマイニングによるブロック認証処理に見られる多量の計算機資源を必要とせず、合意形成に貢献したノードに対するインセンティブ機構を導入することなくブロックチェーンの構築を可能とする。そのため、提案手法には、新たなオーバヘッドなくブロック認証を実現できるだけではなく、当初計画において合意形成の場面においてインセンティブ機構は必須であると考えていたが、それを省略できる仕組みを実現している。

 令和2年度末において感染症拡大の状況が少し落ち着いてきたタイミングにおいて、提案手法の適用先の検討(討論)やフィールドワークを通じて解析に必要な実データ(生データ)の収集も試みた。これは、令和3年度以降に考えているハードウェア実験に先立ち、基礎解析のためのサンプルデータとして利用する予定である。

令和3年度 研究成果

 令和2年度において、新たなブロック認証手法を検討した結果、従来のマイニングによるブロック認証処理に見られる多量の計算機資源を必要としない利点を持つ手法を提案した。令和3年度においては、提案手法の有効性と実現性を評価することに焦点をあて、計算機シミュレーションに基づく評価を中心に行ってきた。とくに提案手法が机上の空論と一蹴されないようにするために実機を用いた検証は必須と考え、テストベッドを開発のうえ実験室ベースでの実現性と基礎評価も併せて行ってきた。さらに、提案手法を適用する具体的なアプリケーションを想定する点についても検討を行い、スマートシティへの導入をケーススタディとして、必要な条件の洗い出しを行った。また、提案手法を支える無線通信ネットワーク技術として、消失訂正符号によるパケット分割、協力通信システムの初期検討を行った。当初計画で想定していたマイニングに基づくブロックチェーンとは異なるメカニズムを発見し採用したことにより、研究が対象とするアプリケーションに対し、実現性の点において適する形でセキュアキャッシング手法が仕上がっている。

 令和3年度以降にハードウェア実験による実環境を想定した評価を検討していたが、世界的パンデミックな感染状況に対する収束の見通しが立たない状況で、先に計算機シミュレーションによる評価と実験室ベースのテストベッド実装評価を行うことで対処した。具体的には、本研究開発を導入するスマートシティを想定し、そのひとつのアプリケーションとして河川モニタリングシステムをケーススタディに設定し、実際に解析に必要なデータ取得および解析を行った。そこで得られた知見を踏まえ、情報指向無線センサネットワークのテストベッドの試作と基礎評価を行った。併せて、提案手法を支える無線通信・ネットワークのプロトコル設計に関して基礎的な検討を行った。

令和4年度 研究成果

 令和2~3年度はCOVID-19の影響により国際会議や国内学会の現地開催が中止される場面もあったが、先に計算機シミュレーションや室内環境でのテストベッド実装および基礎評価を実施していたため、令和4年度はそれらの結果に基づき研究活動を実施することができた。また、本研究課題から派生するスマートシティへの応用に関する研究プロジェクトにおいて、本研究で実装したテストベッドデバイスを改良することにより、実環境での実証実験に向けた基礎評価につなげることができた。とくに、本研究課題で描いていた地対空統合型情報指向無線センサネットワークの構築に向けたテスト環境の構築に向けて進んだことにより、本研究開発の提案手法の評価を実際に行うための環境構築ができた。

 本研究課題全般に対する研究成果に関して、招待講演として、国際会議(IARIA Congress 2022)においてキーノート講演、電子情報通信学会の総合大会においてチュートリアル講演を行った。本研究開発では、単に技術的な新規性を探究してゆく段階にとどまらず、新しい研究分野の開拓に貢献している。その功績に対する評価として、令和3年度に信号処理学会に採録された論文が論文賞(Best paper award)に選出されただけでなく、これまで培ってきた情報指向無線センサネットワークに関する研究に対し谷萩隆嗣記念特別賞(信号処理学会)に選出された。とくに後者の表彰については、研究代表者・森の受賞は3人目であり、本研究開発が極めて高い評価を得ている。

 今後の展開として、本研究開発で築き上げた情報指向無線センサネットワーク技術の実環境への展開・適用を目指した研究テーマはNICT/Beyond 5G研究開発促進事業に採択(令和4~6年度)、本開発技術によるIoTシステムのグリーン化を目指した研究課題は福岡大学/若手・女性研究基盤構築支援事業(令和5~6年度)に採択されるなど、本研究開発は後続する新たな研究課題の創出および発展に貢献している。

令和5年度に向けた検討課題

 これまでの研究開発において、ハードウェア実験を通じた実装に係る問題点の洗い出しと解決を試みた結果、それらの成果に基づき実際のスマートシティでの応用に向けた足がかりを得ることができた。とくに、現実的な環境での評価という点において、令和4年度において改良することにより可搬型デバイスとして実用に耐えられる設計として実装している。本テストベッド開発については本研究課題の主たる成果物であると考えており、令和5年度においては、継続する研究課題や関連する研究プロジェクトに対しても適用可能であるか検討する必要がある。また、実際のスマートシティにおける実フィールドにおいてテストネットワークを構築した実証評価、および本研究開発の手法を用いることにより副次的に得られるシステムのグリーン化に関しても継続的に研究をすすめるつもりである。併せて、本研究課題で開拓した情報指向無線センサネットワークと本研究成果を幅広く認識してもらうために、論文発表等を通じて幅広く知見を公開する予定である。

外部発表

  1. 森慎太郎, “(チュートリアル) グリーン情報指向無線センサネットワーク実現のための高効率・省電力化に関する一検討,” 信学総大 2023, 2 pages, Saitama, Japan, Mar. 2022.
  2. S. Mori, “A Cooperative and Coded Communication Scheme using Network Coding and Constructive Interference for Information-Centric Wireless Sensor Networks,” Int. J. Advances in Networks and Services, vol. 15, no. 3&4, pp. 54–61, Dec. 2022. (査読有)
  3. S. Mori, “(Keynote) Information-Centric Wireless Sensor Network: A Study and a Survey,” Proc. IARIA Congress 2022, Nice, France, July 2022. (査読無)
  4. 森 慎太郎,“情報指向無線センサネットワークのテストベッド試作と基礎評価, ” 電子情報通信学会 技術報告 センサネットワークとモバイルインテリジェンス(SeMI)研究会、vol. 122, no. 108, pp. 70—72, Kanazawa, Japan, July 2022.(査読無)
  5. 森 慎太郎,“(チュートリアルセッション) 情報指向無線センサネットワークに関する一研究, ” 電子情報通信学会 総合大会, Online, Japan, Mar. 2022.(査読無)
  6. S. Mori, “Secure Caching Scheme using Blockchain for Unmanned Aerial Vehicle-assisted Information-Centric Wireless Sensor Networks,” J. Signal Process., vol. 26, no. 1, pp. 21—31, Jan. 2022. (査読有)
  7. S. Mori, “Data Collection Scheme using Erasure Code and Cooperative Communication for Deployment of Smart Cities in Information-centric Wireless Sensor Networks,” Int. J. Advances in Networks and Services, vol. 14, no. 3&4, pp. 54—64, Dec. 2021. (査読有)
  8. S. Mori, “Prototype Development of River Velocimetry using Visual Particle Image Velocimetry for Smart Cities and Disaster Area Networks,” Proc. 20th Int. Sympo. Commun. and Info. Tech. (ISCIT 2021), pp. 169—171, Tottori, Japan (Online), Oct. 2021. (査読有)
  9. 森 慎太郎, “情報指向無線センサネットワークにおいてブロックチェーンを用いてセキュアキャッシングを実現するための一検討,” 電子情報通信学会 技術報告 センサネットワークとモバイルインテリジェンス(SeMI)研究会、vol. 121, no. 105, pp. 35—38, Online, Japan, July 2021.(査読無)
  10. S. Mori, “A Fundamental Analysis of an Erase Code-enabled Data Caching Scheme for Future UAV-IC-WSNs,” Proc. IARIA the 20 th Int. Conf. Networks (ICN 2021), pp. 8—12, Porto, Portugal (Hybrid), Apr. 2021.(査読有)
  11. S. Mori, as a panelist in “P1: Communications beyond the Thinking (spatial, terrestrial, speed, 5G/6G, streaming, high data processing, protocols, etc.),” and entitled “Survey on unmanned aerial vehicle-assisted information-centric wireless sensor networks for smart city applications,” Proc. IARIA the 20 th Int. Conf. Networks (ICN 2021), Porto, Portugal (Hybrid), Apr. 2021.(査読無)
  12. S. Mori, “A Fundamental Analysis of Caching Data Protection Scheme using Light-weight Blockchain and Hashchain for Information-centric WSNs,” Proc. 2nd Conf. Blockchain Research & Applications for Innovative Networks and Services (BRAINS 2020), pp. 200—201, Paris, France (online), Sept. 2020.(査読有)
  13. S. Mori, “Caching Data Protection Scheme for Information-Centric Wireless Sensor Networks,” Proc. IARIA the 19-th Int. Conf. Networks (ICN 2020), pp. 50—54, Lisbon, Portugal, Feb. 2020.(査読有)
  14. 森 慎太郎, “(依頼講演) コンテンツ指向型センサネットワークにおける高効率・セキュアキャッシング手法の研究,” 電子情報通信学会 技術報告 センサネットワークとモバイルインテリジェンス(SeMI)研究会、vol. 119, no. 266, pp. 51—53, Tokyo, Japan, Nov. 2019.(査読無)
  15. S. Mori, “(Invited) Secure and Effective Caching Scheme using Blockchain for Information-centric Wireless Sensor Networks,” Proc. Asia Pacific Society for Computing and Information Technology (APSCIT) 2019 Annual Meeting、1 page, Sapporo, Japan, July 2019.(査読有)
  16. 森 慎太郎, “コンテンツ指向型無線センサネットワークにおけるセキュアキャッシング手法に対するテストベッドの試作と基礎評価,” 電子情報通信学会 技術報告 センサネットワークとモバイルインテリジェンス(SeMI)研究会、vol. 119, no. 110, pp. 203—206, Osaka, Japan, July 2019.(査読無)

表 彰

  1. 信号処理学会 2023年 谷萩隆嗣記念特別賞
  2. 信号処理学会 2023年 論文賞
  3. 電子情報通信学会 センサネットワークとモバイルインテリジェンス研究会 2019年度 優秀発表賞

関連した競争的資金

福岡大学推奨研究プロジェクト#197005 (Apr. 2019—Mar. 2022): 情報指向ネットワークと階層型ブロックチェーンを用いたIoTデータ管理手法の開発—情報指向型ネットワークとブロックチェーンをIoTに導入することにより、コンテンツの高効率な取り扱いとセキュアなキャッシングデータ管理手法を実現することを可能にする。具体的には、(1)地域ブロックチェーンを親ブロックチェーンで統合する階層構造のモデル化を行い、データの登録手順・検索手順についてプロトコル設計を行う。(2)開発システムの実現可能性に関して、ゲートウェイとIoTデバイスの部分に関してハードウェア実機を用いた評価を併用することにより、開発システムの有効性を示し、実装に関する問題点・課題の洗い出しを行う。本研究開発プロジェクトの発展として、さらなる大型の競争的資金の呼び水としても利用しており、科研費 基盤研究(B) #21H03436につなげることができた。